「温情の地:震災から10年の東北

Introduction

Ten years on from the devastating 2011 earthquake, tsunami and nuclear crisis on the Tohoku coast in Japan, this project is a curated display of screen-based artworks by Japanese and Japanese-Australian artists responding to survivors’ irreversible losses over the past decade. The works, whether responding from afar or directly capturing Tōhoku’s transformed landscapes, focus on the concept of recovery for its displaced communities.

Stage 1
7–29 May 2021
Motoyuki Shitamichi
Masaharu Sato
Masahiro Hasunuma

Stage 2
9–26 June 2021
Chaco Kato

Stage 3
3–26 September 2021
Lieko Shiga
Kyun-chome
Natsumi Seo & Haruka Komori

Poem by Mayu Kanamori
Curated by Emily Wakeling

Essay

ちょうど10年前、東日本大震災と津波によって壊滅し、そしてその後の再建によって劇的な変化を遂げた東北の風景は、益々多くの日本人アーティストがビデオ作品の題材として扱うようになって来た。

2011年3月11日午後2時46分、岩手県、宮城県、福島県の31の沿岸市町村がマグニチュード9.1の地震に襲われ、それに続く最高40メートルにも及ぶ巨大な津波によって失われた。建物、車、そして人間もが海に飲み込まれた。生存者たちは約18,000人もの犠牲者の死を悼んだが、(しばしば「3.11」と呼ばれる)この震災はそれだけではなく、何十万もの世帯から家を奪い、日本の地方部にすでに進行していた人口減少を更に加速させることとなった。

日本のコンテンポラリーアートを遠方から継続的に研究する「温情の地:震災から10年の東北」は、アーティスト達が遠隔からの観察や生存者との直接のやりとりを通じて、震災の生存者の間に未だにこだまする社会的トラウマの表現として風景にフォーカスしたスクリーンベースの作品の展示会である。建設現場、瓦礫、防壁、高い防潮堤は、この震災とその後の政府による「復興」プロジェクトが人々やコミュニティに与えた今なお続く目には見えにくい影響を具現化したものである。オーストラリアの二つのアートスペースから、震災10周年とその今も続く影響を観察した。

岩手県南部の陸前高田市は2011年の津波による被害が最も激しかった被災地である。蓮沼昌宏は、地元の人々との交流や、彼らとこの町の様々な場所との関係にインスピレーションを得ながら、繊細な手描きのアニメーションで陸前高田(略して高田)の震災後の風景を捉える。彼の短く印象的なアニメーションが大震災のような未曽有の出来事を取り上げ、小さな美しい現象「りくぜんたかたのアニメーション2019」として現像される。元小学校があった場所の前で小学生のグループについて行く赤毛の猫、そこには3月11日の夜もそうであったように雪が降り始める。「かつて(津波前)の陸前高田の街並みはなく、これから新しい街並みも まだない状態です。」と蓮沼は2019年のレジデンシーの際に記している。建設プロジェクトによって、もと商業施設があったエリアが「津波に耐え得る」高さまで10~12メートルかさ上げされた。その様子がむき出しの人口丘として蓮沼の画像に映っている。津波の被害を受けた多くの町が同様の盛り土を行っているが、高田のものはその中でも飛びぬけて大規模である。

高田は、長年コラボレーションを行ってきた瀬尾夏美と小森はるかの映像作品群の主題にもなっている。二人の作品「二重のまち/交代地のうたを編む2020」は、震災を生きた地元の人々の話を聞く20代の四人の旅人を追ったものだ。彼らは建設エリアを歩き回る。以前よりかなり高くなった(以前松林だった場所に建つ過去の三倍の高さの)新しい防潮堤にさえぎられた海の景色、工事の足場や真新しい盛り土を見下ろす道路、常に鳴り響く重機の音。狭い仮設住宅の中で旅人たちは、地元住民の喪失とトラウマの親密な話を聞く。「二重のまち」の最後の会話では、若者たちが自分たちが聞いた話をどうするべきかまだ決めかねていることが露になる。「伝承者」というのは主に広島と長崎の被爆者の語継ぎに使われる用語だが、偶然「伝承者」になったかのような彼らは今、生存者の記憶を引き継ぐ重責を感じている。

数百キロメートル離れたところから、下道基行の「津波石2015」は3.11をより長い歴史に結び付ける。2011年の津波によって気仙沼の岸から打ち上げられた60メートルの大型漁船が祈りと花のシンボルとなったという話を読んだとき、彼はこの漁船の役割を沖縄石垣島の神聖な岩になぞらえた。巨大な不動の石柱のように見える石垣島東海岸の津波石は、実は何百年も前に津波に押し上げられたもので、その後神道の信仰の対象となっている。3.11後、気仙沼の住民は壊れた漁船を撤去するか、それとも今後も震災の実物記念碑としてその場にとどめておくか議論を続けた。下道のビデオは、震災の残骸が持つ過去と現在の社会的な役割に焦点をあてる。

更に離れたオーストラリアの地から、日本生まれのアーティスト、加藤チャコは2011年の震災に糸とUVライトを使ったサイト限定インスタレーションで応答する。アーティスト自身の言葉によれば、彼女は手作業で線を作り、それが平面になったり、または隠喩的な風景になったりして、2011年の震災後の思考パターンや人間の動きのパターンを実証することに関心を抱く。

アートユニットのキュンチョメは、津波が福島第一原子力発電所を襲った直後に避難した人々の家と集落にフォーカスしたビデオ、「ウソをつくった話2015」で3.11の生存者の帰還困難区域問題を取り上げる。避難から四年たった本作品の作成時にも、いまだに対象者は仮設住宅にいた。キュンチョメが富岡、浪江、葛尾、広野の高齢避難者を対象にコンピューターの教室を開き画像編集ソフトの使い方を教授したしたとき、それは彼らが、バリケードができる前の自分たちの故郷の思い出を語り合う機会となった。このアクティビティが、人々が自分たちの家を失うことや不安定な未来に対してどう感じているのかを聞く機会となった。浪江と飯舘を含むこのエリアは放射線への露出が最も高かった市町村で、住民の4~5%のみが自宅に帰還できている。参加者の中には将来に絶望する者もいる。ある高齢者は語る。「おれんとこは30年帰れないんだど。。。なんぼ精一杯やったってなんしたって。。」。また別の者は「帰れるといいな。みんなと一緒に。でもみんな一緒は揃わねぇなあ。」と嘆く。

故佐藤雅晴は、2011年の震災の際、福島の隣県、茨城県に住んでいた。「Calling 2014」は、佐藤が撮影したビデオの画像を一フレームごとにデジタルペンで超写実的にトレースし、「現実」の映像がまだそこに存在する世界にフィクションを作りあげた静止画の不可思議なコレクションである。すべてのシーンで電話か携帯の着信音が鳴り止む。例えば利根川の土手で朽ちて行くバスのようなロケーションでは、座席の一つで鳴る携帯電話以外、長いこと忘れ去られたように見える。逆にカラオケボックスなどは、いつ人が戻って来てもおかしくない気がする。どちらにしても電話は応答されない。

2008年から東北に在住する写真家、志賀理江子は、自身が初めてビデオに挑戦した「ヒューマン・スプリング2020」で感動的なモノローグを創り上げた。夜明け直前に若い男が暗転から姿を現す。仮設住宅での経験を語る彼女の声がボイスオーバーで重なる。彼女の隣人は春の訪れにある種の躁状態を経験し、東北文化における特別な意味合いを持つ現象として、そして生と死の世界を引き裂く概念としての両面から、春を冗長に語りだす。画面上の人物は、特徴のある東北の海岸風景 ―海と陸を巨大な防潮堤が分断する- の中を、不屈の力強いペースを保ち、日の出とともにゆっくりと姿を現す。

「写真は記憶喪失を克服したかのように振る舞う」というのは「ヒューマン・スプリング」のナレーションの一ラインである。志賀と上記のすべてのアーティストたちは、彼らの作品を通して、重大な喪失による膨大な社会的インパクトに取り組む。彼らはそれを「温情的措置」とも言えるやり方で行う。この表現は、一般的にパンデミックの際によく聞かれる、ある一定の国民に特別の自由を許可するという議論で使われる表現だが、この場合は、多くの震災生存者が今も抱えている、失われてしまったかあるいは全く変貌してしまった故郷との痛ましい関係を芸術的に表現することを指す。

Emily Wakeling, March 2021

Details

「温情の地:震災から10年の東北(Compassionate Grounds: Ten years on in Tohoku)」は2021年3月から9月までメルボルンのCollinwood Arts Precinct、Compositeで、2021年8月にブリスベンのMetro Artsにて開催されるアート展示会である。エミリー・ウェイクリングはクィーンズランド州在住のキュレーターおよびアートライター。

当展示会が開催される地を管理してきた先住民の方々、過去、現在、未来における長老に敬意を表します。

本プロジェクトは、政府の芸術支援諮問機関であるAustralian Councilを通じたオーストラリア政府からの支援と、バス・プロジェクツおよびメトロアーツからの支援を受けています。

Exhibition:
Mar – Sept, 2021
Composite Space

  • Masahiro Hasunuma
  • Chaco Kato
  • Kyun-chome
  • Natsumi Seo & Haruka Komori
  • Masaharu Sato
  • Lieko Shiga
  • Motoyuki Shitamichi

Curated by Emily Wakeling

Exhibited works

Masahiro Hasunuma
‘Rikuzentakata’
animation (2019)

Masahiro Hasunuma
‘Fuuketsu (wind cave)’
animation (2019)

Masahiro Hasunuma
Ogijima 2019
flip book animation and kinora, 20 x 25 cm
Courtesy the artist

Masahiro Hasunuma
Rikuzentakata animation 2019
flip book animation and kinora, 20 x 25 cm
Courtesy the artist

Mayu Kanamori
Recollections of an Im・Emigrant 11.3.11 2021
poem
Courtesy the artist

Chaco Kato
Nicholas Clark (lighting)
Between the water 2021
thread and UV lighting
Courtesy the artist

Kyun-chome
The story of making lies 2015
video with colour and sound, 25 min
Courtesy the artists

Natsumi Seo & Haruka Komori
Double layered town / making a song to replace our positions 2020
single channel video with colour and sound, 1 hr 19 min
Courtesy the artists

Masaharu Sato
Calling (Japanese version) 2014
animated single channel HD video with color and sound, 7 min
Courtesy of Mihoko Ogaki and KEN NAKAHASHI Gallery

Lieko Shigav
Human spring 2020
single channel video with colour and sound, 35 min
Courtesy the artist

ある移民の回想 (11.3.11)
金森マユ

妹はあの晩、歩いて帰宅した。
猫たちを連れ出し、
そのあと母のもとへ向かった。
2匹の猫を入れた籠は、
未了戯曲や詩を詰め込んだ
タグライン『収納ソルーション』とうたう
グレイズビルのあの建物に眠る  
数々の箱より、遥かに重く、
いのち宿る。
大勢の人とともにひたすら線路沿いを歩いた。
数えてもわすれるほどの長い道のり。
いち、に、いち、に、いち、に。
大したことではないよ、
波に追われ、走った人たちを思うと、
と妹は語る。


しばらく電話が不通。
キャンベラ空港で芸人やクルーと
搭乗するとき、
タグライン『自宅のようなあなたのホーム』とうたう
パースの宿に到着したとき。
電話が鳴ったが、シドニーからだった。
『ニュースで聞いたけれど、
あなたの人たちは大丈夫?』
感謝のすべきなのに、
『事態はニュースの見出しどころじゃない。
私の人たちもあなたの人たちなのに』
と思ってしまった。
口調で感じたに違いない。
ごめんなさい。


妹の声がようやく届いた。
リハーサルの昼休み中、
タグライン『体験を楽しもう』とうたう
劇場裏のジャラー木の廊下。
行ったり来たりしながら、受話器越しに頼む、
非難出来るうちに離れて。
取り返しがつかない、爆発が起こる前に。
シドニーで母と猫たちと一緒に暮らそう。
『出て行ける人は出て行き始めているよ。
私は残る。ここで必要とされている。』と妹。
音響チェックが始まっていた。
いち、に、いち、に、いち、に。